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東京高等裁判所 昭和56年(う)285号 判決 1981年4月30日

被告人 下村英昭 外二名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人瀬戸康富が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事林国男が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意第一について

論旨は、被告人下村に対する原判示第二事実、被告人渡邊に対する原判示第三事実及び被告人宗に対する原判示第四事実に関する各事実誤認の主張であつて、(一)被告人下村が原判示第二事実の犯罪に加功したことはない、(二)被告人渡邊は、競争会社である株式会社日本有線ラジオ(以下、日本有線という。)の工事人が喫茶店「リーベ」に有線放送設備を設けた直後、同店と交渉して株式会社大阪有線放送社(以下、大阪有線という。)と同店との間にこれまであつた有線放送受信契約を回復したうえ、同店との約束に基づき店内の古い受信設備を新しい設備に取り換えるよう自社の工事人に連絡したにとどまり、日本有線からの通信を妨害した事実はなく、かりに自社の工事人の行為により同店の受信が止つたとしても、未だ日本有線の送受信は法が保護する程度の確定度を具備していなかつたから、その通信を妨害したものとみることはできない、(三)被告人宗は、原判示第四事実の犯罪に加功したことはなく、大阪有線の幹部候補生としてベテランセールスマンによるバー「再会」との有線放送受信契約の交渉を見学していたにすぎない、というのである。

そこで、原審記録によつてまず所論(一)の点について調査すると、原判決挙示の(証拠略)によれば、被告人下村は、昭和五二年六月二九日午後二時ころ大阪有線静岡放送所事務所において、当時の所長喜多直樹から、大阪有線と受信契約を結んでいた店で日本有線へ契約替えをしたところがあるので、契約を取り戻したうえ店の委任状をもらつて日本有線の有線放送用ケーブル線を切断しマツテイングボツクス(受信用チヤンネル器)を撤去するようにとの指示を受け、喫茶店「小末」を担当し、同年七月二日午後五時三〇分ころ同店前路上で自社の工事人鈴木正美に命じて同店内の右ケーブル線を切断させた後、喜多所長にその旨を報告したことが明白であり、この事実経過に徴するときは、被告人下村ら三名の共謀による原判示第二事実の実行があつたことには疑いがない。所論は、「小末」との受信契約を大阪有線に取り戻した者は被告人ではなかつたと主張し、これを基礎として被告人下村の本件犯行への加功を否定するが、本件犯行は「小末」から右の契約を取り戻したことを内容とするものではなく、共謀により日本有線の放送用ケーブル線を切断して有線電気通信を妨害したことを内容とするものであり、この点に被告人下村が加功している以上、右主張の事実は本件犯行における同被告人の罪責に影響を及ぼすものではない。所論はまた、本件犯行の日とされる昭和五二年七月二日には被告人下村は東京都内で現在の妻とデートをしており、静岡市には居なかつた旨アリバイを主張し、一応これに沿う同被告人の昭和五三年五月二二日付、同年七月一二日付検察官に対する各供述調書、同被告人の原審公判廷における供述があるが、右公判廷における供述自体によつても右の日付についての本人の記憶は甚だあいまいであることが明らかであるうえ、押収してある同被告人のタイムカードコピー(当裁判所昭和五六年押第一〇一号の五)によると同被告人は七月二日の午前九時一一分から翌三日の午前一時一三分まで勤務していた旨が打ち出されていること、右五月二二日付供述調書に添付された被告人及びデートの相手方の各日記写の記載によると両名が東京で会つたのは七月三日であつたこと、前記証人喜多直樹の証言によると七月二日は最も多忙で重大な日であつて、当日被告人下村が休暇をとつたとは考えられず、その許可を与えた記憶もないと供述していること、前記証人鈴木正美は七月二日午後五時三〇分ころ被告人下村から前記のようにケーブル線の切断を命じられた旨明確に供述し、その供述は反対尋問によつてもまつたく動揺していないことに徴し、所論に沿う右証拠はこれを措信することができない。この点の論旨は理由がない。

次に、所論(二)の点について調査すると、有線放送設備を損壊して有線電気通信を妨害した事実が明らかである以上、有線放送設備が設けられてからこれが損壊されるまでの時間の長短は犯罪の成否に影響を及ぼすものではないから、この点の論旨も採用の限りでない。

さらに、所論(三)の点につき検討すると、原判決挙示の(証拠略)によると、被告人宗は、昭和五二年七月四日午後八時三〇分ころ大阪有線静岡放送所事務所において、当時の所長喜多直樹から、大阪有線と受信契約を結んでいた店で日本有線へ契約替えをしたところがあるので、契約を取り戻したうえ店の委任状をもらつて日本有線の有線放送用ケーブル線を切断しマツテイングボツクスを撤去するようにとの指示を受け、バー「再会」を担当し、同月六日午後二時二〇分ころ同店内において自社の工事人望月寛弥に直接命じて店内の右ケーブル線を切断させたことが明白であり、この事実経過に徴するときは、被告人宗ら三名の共謀による原判示第四事実の実行があつたことには疑いがない。所論に沿うかのごとき被告人宗の原審公判廷における供述は、それ自体甚だ不明確なものであるばかりか、右証拠と対比して、とうてい措信することができない。この点の論旨もまた排斥を免れない。

二  控訴趣意第三について

論旨は、被告人下村に対する原判示第二事実及び被告人渡邊に対する原判示第三事実に関する各事実誤認、法令適用の誤り、理由のくい違いの主張であつて、(一)もともと音楽有線放送は、専ら受信者に対し音楽放送受信の利便を提供することを目的とするものであつて、これを受信するか否かは受信者の自由意思に委ねられているのであり、受信者がその意思により右の受信を止めたときには自ら店内の受信設備を撤去することが慣行上許されていたから、本件各店舗の受信者らが日本有線からの受信を止めた後、被告人らがその承諾の下に店内にある日本有線の有線放送用ケーブル線を切断したからといつて、有線電気通信法二一条にいう「有線電気通信を妨害した」場合には当らずこれに当るとした原判決には事実誤認、法令適用の誤りがある、(二)原判決が、受信者の意思に基づいて音楽有線放送の受信関係を解消しうることを肯定しながら、その解消後に受信設備を撤去することなどを有線放送の妨害に当たると判断したのは、理由にくい違いがある、というのである。

そこで、所論(一)の点から検討すると、有線電気通信設備を設置した者との間に受信契約を締結した受信者が、送信される通信の聴取をその意思により中止し、右の設置者が設けたマツテイングボツクスと受信者側のアンプとを接続するリード線のピンプラグを抜くことは、たとえ有効な受信契約の期間内であつても、受信者に委ねられた受信を聴取する権利行使の範囲内であると解されるから、有線電気通信法二一条にいう「有線電気通信を妨害した」場合に当らないが、それ以上に、右の期間内において、有線電気通信設備を設置した者に無断でその設備を損壊して通信を不能にすることは、受信者に許された自由の範囲を超えるものであつて、当然、同条にいう「有線電気受信を妨害した」場合に当るといわなければならない。そして、本件の場合、被告人らは、右の受信契約がなお有効に存続している間において、有線電気通信設備の設置者に無断でその放送用ケーブル線を切断して受信を不能にしたのであるから、右の妨害行為に出たものと評価すべきことは明らかである。所論は、この点につき、受信者側の同意があれば設備設置者の放送用ケーブル線を切断してよいとするのが設備設置者間の慣行であつたと主張するが、原判決挙示の関係証拠によると、そのような慣行の存在は認められないばかりか、競争会社である日本有線の側では、大阪有線と受信契約を締結中の店舗に進出する場合にも、大阪有線のケーブル線を切断するなどの損壊行為に及ぶことなく、自社の受信設備を併設し、どちらの放送を聴取するかの選択を受信者に委ねていたことが明らかであるから、右主張は採用することができない。したがつて、(一)の論旨は理由がない。

次に、所論(二)の点を検討すると、原判決は、所論のように本件各受信者が日本有線との間の受信関係を解消していたとは認定しておらず、逆に、右契約がなお有効に存続していたと認定していることが判文上明らかであるから、この点の論旨も、前提を欠き、採用の限りでない。

三  控訴趣意第四について

論旨は、被告人下村に対する原判示第二事実、被告人渡辺に対する原判示第三事実及び被告人宗に対する原判示第四事実に関する各事実誤認、法令適用の誤りの主張であつて、有線放送業界においては、過去一〇数年にわたり大阪有線と日本有線の二大会社が激しく顧客の争奪戦を行つてきており、その過程において、受信者から自社の放送を聴く旨の約束を得たうえ、店内に設置してある競争会社の有線放送用ケーブル線を切断したり、器具を撤去することが商慣行として定着するに至つていたから、被告人らの本件各行為は正当業務行為として違法性を欠くか、違法性が稀薄なものとして可罰的違法性を欠くと認めるべきであつた、というのである。

そこで、調査すると、二において判示したとおり、受信者の同意を得たうえその店内に設置してある競争会社の有線放送用ケーブル線を切断したり、器具を撤去することが有線放送の業界で慣行として定着していたものとは認められないから、この点の論旨もまた、前提を欠き、他に違法性阻却を肯認すべき事由も存しないので、右論旨は採用することができない。

四  控訴趣意第五について

論旨は、被告人下村に対する原判示第二事実、被告人渡邊に対する原判示第三事実及び被告人宗に対する原判示第四事実に関する不法に公訴を受理した旨の主張であつて、大阪有線側が行つた日本有線所有の有線放送用ケーブル線の切断と日本有線が先に行つた大阪有線所有の放送設備に接続したアンプからのピンプラグの引き抜きとは、いずれも放送の聴取を不能にしてこれを妨害した点で違いがないのに、検察官が前者のみを起訴したのは、訴追裁量を誤つたものであり、本件各公訴は棄却されるべきであつた、というのである。

しかしながら、前掲関係証拠によつて調査すると、日本有線においても、大阪有線と受信契約を締結していた原判示の関係各店舗との間に自社との受信契約を取りつけてはいるが、上記二のとおり、日本有線では、その際被告人らのように競争会社が設置した有線放送用ケーブル線を実力で切断するような違法な行動には出ておらず、単に自社の有線放送用設備を併設したうえいずれの放送を選択して聴取するかを店舗の側に委ねていたのであるから、その行動は何ら有線電気通信法二一条に触れるところはなく、したがつて、その行動に対する訴追者の態度との対比において本件の訴追裁量の不当をいう論旨は明らかに当を得ていない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 千葉和郎 香城敏麿 植村立郎)

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